この記事は文例を渡さない。この工房が仕立てるのは意味を変えずに角を落とせる文までで、怒りのまま書かれた文は、仕立てる前に量る側の品物だからである。渡すのは、送る前に止まるための基準と、送る代わりに書くもの。送らないと決めることも、ここでは前進に数える。
感情的なメールを送る前に止まる基準
送信の前に、下書きを次の五つで確かめる。
- 宛先が、用件を進める相手ではなく、感情をぶつける相手になっている。
- 相手の人格・能力・属性に触れる語がある。仕事の事実ではなく、人を評する文になっている。
- 声に出して、相手の目の前で読み上げられない文がある。
- 文の目的が「謝らせたい」「思い知らせたい」になっている。
- 深夜に書いている。文面の問題ではなく、判断する側の条件が悪い。
一つでも当てはまれば、今夜は送らない。削って整えれば送れる気がしても、当てはまった時点でその下書きは書き直しの対象ではなく、一晩置く対象である。翌朝も同じ文を送りたいと思うことは、実際にはあまりない。
感情・事実・お願いに分けても送れない文とは
この工房の手順は、下書きを感情・事実・お願いに分けることから始まる。たとえば「三度同じ指摘をしたのに直らず、軽く扱われた気がして悔しい」が感情、「同じ箇所の修正依頼を三回送ったが、反映されていない」が事実、「次回から修正一覧に沿って確認してほしい」がお願いである。ここまで分けられて、お願いが実務の形をしているなら、その文は翌朝仕立て直して送れる。
送れないのは、分けたあとに残るお願いが「謝れ」「反省しろ」「自分の非を認めろ」しかない文である。それはお願いではなく相手の内面への要求で、文面で届かせることができない。もう一つは、事実とお願いを取り出すと感情の布しか残らない文である。宛先のある感情文を送ることは、自分の感情の処理を相手に任せる行為で、どれほど丁寧語で包んでも相手には重さだけが届く。どちらの文も、書くこと自体は悪くない。宛先を付けて送ることだけができない。
法的な線は専門窓口へ
感情的な文面には、送らないほうがいい線の外側に、送ってはならない線がある。相手の人格を攻撃する文、事実でない断定を含む文、複数の宛先や公開の場で相手をおとしめる文は、送った側が法的な責任を問われ得る領域に入る。この記事はその線の詳細な判定には踏み込まない。迷う時点で送らない、が唯一の運用である。
受けている側の場合も、文面で応戦しない。誹謗中傷や深刻な嫌がらせには、法務省のみんなの人権110番・インターネット人権相談という無料の相談窓口がある。職場のいじめ・嫌がらせであれば、社内の相談窓口や公的な労働相談も使える。やりとりの記録を残し、返信の巧拙で解決しようとしないことが、自分を守る側の基準である。
代わりに書くもの
送らないと決めた夜に、書くのをやめる必要はない。代わりに三つを書く。
- 宛先のないメモに、同じ文を最後まで書き写す。感情は書き切ると軽くなる。ただしメールソフトの下書きには置かない。宛先が入った感情文は、誤送信の芽として残り続ける。
- 事実だけの三行を別に書く。日時、起きたこと、実務としてのお願い。翌朝の自分への引き継ぎ書である。
- 翌朝、三行だけを開き、用件に合う型で仕立て直す。待たされていることが怒りの正体なら催促メールの言い方へ、読み返して自分の側に非があったと気づいたら謝罪の文面へ進む。
夜のうちに量って、沈んだ皿はそのままにしておく。決めるのは、皿が戻った朝でいい。
